2011年06月25日

埼玉へ行こう〜 蔵造りの町並み

この間小江戸って言われる川越にある蔵作りの町並みを尋ねた。
まず蔵作りの町並みについての紹介文を読もう:

小江戸を象徴する町並みとして蔵作りは有名ですが、実は明治時代に作られたものなんですよ。
明治二六年(1893)三月一七日の出火は、西北の風にあおられて、忽ち西から東へと焼失地域を拡大した。その被害は、「家屋1,065軒、土蔵100余り、神社4、寺院5、それに時の鐘の鐘楼」であった。(現存する明治の銅鐘の銘文より)
この大火で川越の町の2/3が焼けてしまったんです。

商家が多かった川越では、一夜にして全ての財産を無くしてしまい途方にくれたとか。しかし、川越の商人は強かった。今度は火事にも負けない土蔵で建築!この頃江戸では、すでに石壁やレンガでの建築があったにも関わらず、火事に強かった土蔵で勝負!もちろん、新しい建材や建築技術を取り入れ建築したのです。江戸からたくさんの職人が集められ、正に建築ラッシュ!今で言う1億円余りをかけ作り上げたんだとか。さすが川越商人!むろん、たくさんの人に寄付も頂戴しました。明治天皇からもあったそうです。
江戸からの職人を始め、たくさんの人が集い賑わい、ますます江戸との文化交流が深まり江戸の文化が取り入れられ、小江戸と呼ばれるようになりました。

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入ったところからこんな雰囲気だった、さすが小江戸、風情ある街だなって納得。

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菓子屋横町で、確かにお菓子の店がいっぱいだった、和式飴やお菓子、そして漬物も発見。残念だけど、僕の好物ではないので、すっと飛ばした。

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街のちょっと奥には高い建物があった、近づいたら、案内の看板があって、看板には「川越の時の鐘」って書かれている。看板の写真綺麗に写ってるから、興味があったら読んでね〜

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道を沿って、大分奥に行っちゃうと、大きな蛙の像があった。下には「ご縁(五円)は大切だよ」って書かれており、なるほど、だから神社に行ったらみんな五円を投げ、神様にお願いするんだって目から鱗が落ちたような気がした。

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また大通りに戻り、文化会館に入っちゃった。すると、煌いてる堤燈が目に入った、綺麗。
下には確か傘差しが設けられていて、ちょっと、なんでこんなすごい堤燈の下に傘差しなのって気がした。

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ほんとにいい町並みで、中に歩いてみると、古い時代に戻ったかの感覚〜。
posted by 雲 at 19:01| 千葉 ☁| Comment(0) | マイムード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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